研究概要

私たちの研究室では、「システム神経科学」、「運動学習理論の構築」、「ニューロ・コネクト・テクノロジーの創出と神経リハビリテーションへの応用」、「霊長類コモン・マーモセットを用いた神経機能再生研究」、という、大きく分けて四つのテーマに関する研究をおこなっています。しかし、これらは互いに独立しているわけではなく、実際にはいくつかのテーマが、様々なバランスでブレンドされて個別の研究トピックになっています。たとえば、私たちはシステム神経科学の問題に対して、電気生理学的手法やニューロイメージング技術を用いて生理現象を記述するというアプローチをとっています。一方で、外部環境の変化や身体の状態変化に適応して脳が運動を学習する過程を明らかにするためには、脳をコントローラー、手足をプラントと考え、制御理論に基づいてシステムを記述するアプローチも必要です。このようにして得られた生理学的知見と理論的知見は、ニューロ・コネクト・テクノロジーという、医療技術としての展開を目指した研究に展開されます。さらに私たちは、ヒトを対象とする研究によって推測される神経系のメカニズムを真に理解するために、霊長類コモン・マーモセットを用いたモデル動物研究にも取り組んでいます。

テーマシステム神経科学

私たちが普段、何気なくおこなっている手足の運動は、脳や脊髄にある無数の神経細胞が創りだす運動指令に対して、体のすみずみにある感覚受容器からのフィードバック情報が絶えず反映されることで,精密に制御されています.私たちは,このような運動と感覚のループによって成り立つ運動制御のメカニズムや,外部環境に応じて神経系が柔軟に適応していくメカニズムについて,電気生理学的手法やニューロイメージング技術を用いた研究を展開しています。たとえば,脳や筋が発生する電気活動を計測して、時系列相関モデルや周波数応答関数にあてはめて解析することで、脳や体のなかを流れる神経情報処理の様子を明らかにしたり、磁気共鳴画像から神経束の走行や脳体積を計算することで、運動訓練による神経構造変化をとらえたりしています。身体運動に関わる脳のシステムは、「機能」と「構造」を統合的に調べることで、初めてその全容が見えてくるはずです。研究の過程で得られた知見や分析技術は、脳卒中やジストニアといった、運動や感覚に障害が生じるさまざまな病態生理を理解する手がかりとして、臨床研究へと応用展開しています。

実験設備

脳波計測システム,筋電図計測システム,経頭蓋磁気刺激装置,電気刺激装置

テーマ運動学習理論の構築

スポーツや楽器演奏の技術を獲得するために練習したり、けがや神経系の疾患で運動機能が障害されたあとにリハビリテーションをおこなったりすると、なぜ運動は上達するのでしょうか?私たちは、外界の環境変化や身体の状態変化に適応して脳が最適な運動を獲得する過程を制御理論に基づいて記述し、それを行動学的実験によって確かめたり、逆に行動学的実験の結果を数理モデルで説明しようとしたりしています。たとえば、ロボット・マニピュランダムによる到達運動課題を用いた行動学的実験では、コントローラーである脳にフィードバックされる情報や、プラントである腕の力学的性質を人為的に操作してエラーを生み出し、それに対して運動学習システムが応答する様子を観測します。そのデータを制御工学的な考え方に沿って解析すれば、システムの入出力関係からその本質を解明できる可能性があります。また、そこで得られた知見を基にシステムの一部が障害された病態モデルの学習様態を予測し、効果的なリハビリテーション方法を開発することを目指します。

実験設備

上肢運動用ロボットマニピュランダム(KINARM、PHANTOM)、経頭蓋磁気刺激装置、筋電図計測システム、磁気共鳴画像装置

テーマニューロ・コネクト・テクノロジーの創出と神経リハビリテーションへの応用

けがや病気で神経系の一部が損傷すると、神経情報の流れが悪くなり、体性感覚や運動に障害が生じます。私たちは,脳が運動指令を創りだす様子をモニタリングできるヘッドセットの開発や、手足が動く際に発生する体性感覚を増幅させるロボティックデバイスを開発し、悪くなった神経情報の流れを補正する治療機器の開発をおこなっています。たとえば、脳活動に応じて麻痺手の運動を機械がアシストするブレイン・マシン・インターフェース(Brain-Machine Interface; BMI)は、神経系のけがや病気による重度な運動障害があっても、随意的な運動訓練を手助けしてくれるため、運動に必要な正しい神経活動パターンを脳が再学習し、機能回復をもたらしてくれます.BMIのほかにも、協働する筋同士の機能的な結びつきを脳のレベルで強化させて、手の滑らかな動きを機能的に整えるグローブや、神経系に存在するリズム生成器をドライブするための神経刺激機能を組み込んだ歩行装具の開発などを進めています。「失った身体機能を機械で代替する」という補綴技術ではなく、「失った神経機能を機械が回復させる」という治療技術。そんな未来のテクノロジーを新たに生み出したい。機能不全に陥った神経同士(ニューロ)を機能的に繋ぎ直す(コネクト)技術(テクノロジー)は、理工学部から次代の医療を作るという夢を私たちに与えてくれています。2017年度にはいよいよ、私たちが開発してきた治療機器群を組み合わせたり、段階的に使っていったりするスマートリハ室が市中病院に導入されます。基礎と臨床が相互に発展をうながすユニークな研究拠点に、どうぞご期待ください。

実験設備

脳波計測システム,筋電図計測システム,筋電気刺激装置,電動装具,上肢運動補助ロボット

テーマ霊長類コモン・マーモセットを用いた神経機能再生研究

リハビリテーションによって運動機能が改善したとき、脳や脊髄ではどのような変化が起きているのでしょうか?傷ついた神経を治すために働く遺伝子、遺伝子のスイッチが入ることによって分泌される神経成長関連分子、修復された神経や残存していた神経によって再構築されるネットワーク、ネットワークの中を流れる神経情報の伝導性、神経情報そのものを生成する方法の再獲得・・・。私たちは、このような神経科学の階層性を超えて「脳が治る」メカニズムを統合的に理解するため、脳卒中や脊髄損傷のモデル動物に対して、分子生物学的手法,電気生理学的手法、バイオメカニクス的手法などを併用した研究を始めました。最近では、自由行動下で神経細胞1つ1つの活動を100個単位で同時記録する大変ユニークな実験系の確立にも成功しています。ヒトを対象とした研究ではどうしても明らかにできない部分を動物モデルで詳細に検討していくことで、中枢神経系のけがや病気によって感覚運動系に生じる変化や、その回復過程についての真の理解が進むと考えています。究極の基礎科学に立脚したリハビリテーション方法の創生を目指して、日々挑戦を続けています。

実験設備

神経電位計測システム、モーションキャプチャシステム、マイクロエンドスコープ